山崎直子宇宙飛行士×セメダイン技術者「宇宙でやろうよ、モノづくり」前編


 CEMEDINE presents HAKUTO スペシャル対談(第7回)

宇宙開発に携わる「旬の人」にお話を伺ってきたこのシリーズ、いよいよ宇宙飛行士の登場です!2010年にスペースシャトルで宇宙飛行を行った山崎直子さん。現在は内閣府の宇宙政策委員など多方面で活躍されています。山崎さんと対談するのは、宇宙飛行士になりたかったスペースシャトル世代、セメダインの岡部祐輔さん。HAKUTOのローバーに使われた接着剤を開発したエンジニアです!宇宙飛行についてのミーハーな質問から宇宙用モノづくりの裏話まで、大いに盛り上がった内容を2回に分けてお届けします。(進行役はライター林公代が務めさせて頂きました)
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宇宙飛行士になりたかった男、宇宙用接着剤に挑戦!

yamazakiセメダインさんの接着剤は、SORATOのどこに使われているんですか?

okabe基本はローバーの中なんですよ。内部の電子基板の接着やコーティングに使われています。磁気を帯びたレゴリスが内部に入ると機器類がだめになってしまいます。接着剤を使うことで絶縁と防塵効果があります。唯一外に出ているのは太陽電池の接着です。

sorato

yamazaki実際に使われているのが、この弾性接着剤ですか?

okabeはい。「スーパーX」を宇宙用にチューニングしています。

yamazakiなるほど!そもそも岡部さんはなぜHAKUTOに関わることに?

okabe僕は1981年生まれのスペースシャトル世代で、宇宙飛行士になりたいと思った時期もありました。星も好きで(セメダインが)HAKUTOのスポンサーになると聞いて、「これは最大のチャンスだぞ」と思ったんです。せっかくならローバーに接着剤を使ってほしい、「やりたい!」と。

hayashi3最初はローバーSORATOに接着剤が採用されるかどうか、わからなかったんですか?

okabeわかりませんでした。基準をクリアしたら使うよ、という話でした。HAKUTOの方から「従来の宇宙用接着剤は外国製でした。でも我々はすべて『Made in JAPAN』で作りたい。ぜひやってください」と言われて、一段テンションがあがるわけですよ(笑)。

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hayashi3岡部さんは、その話の前から月レースのことは知っていましたか?

okabeはい。興味ありましたね。でも接着剤が役に立てるとは思っていなかった。

yamazakiどうしてですか?

okabeスペースシャトルを想像したんですよ。打ち上げ後、何千度にもなるから接着剤がもたないと思っていた。でもHAKUTOさんから、シャトル内部には人が乗っているわけだし、ローバーもロケット内部にあるから、温度はそんなにあがらないよと聞いて。「あ、そうか」と。単純に先入観で尻込みしていた部分がすごく大きかったなと思いました。

2010年4月5日、山崎直子宇宙飛行士が搭乗したスペースシャトル・ディスカバリー号の 打ち上げ(提供:NASA)

 

yamazakiなるほど、開発はどうやって進めていきましたか?

okabeスペック(要求される性能)に対して、どういう接着剤を作ろうか考えました。まず、振動条件。ロケット発射の時の振動はものすごいので弾性接着剤でないとだめだろうなと。

hayashi3そもそも、弾性接着剤ってどういうものですか?

okabe柔らかい接着剤です。それまでは固く固める接着剤が主流だったんですけど、過酷な環境でもはがれにくく熱や水、衝撃に強い。”強い接着からはがれない接着へ”という概念を我が社が最初に提唱した、セメダインの主力商品です。「柔よく剛を制す」みたいで日本っぽいですよね。

hayashi3宇宙にぴったりですね。でも弾性接着剤ありきで開発したわけではなかった?

okabe新しい物づくりの時は、なるべく先入観をもたないようにしています。

hayashi3振動のほかにはどんな条件が?

okabe温度差です。月面は昼が100度、夜がマイナス150度。びっくりする温度差ですがまぁ大丈夫だろうと。次がアウトガス。真空環境で材料から出るガスのことで、これが大変でした。ローバー内部の機器に影響を与えてはいけないということでガスを極力出さないように、NASAやJAXAの基準に準じた形で少しチューニングを加えました。

yamazaki市販のものに改良を加えていったんですね。

okabeはい。JAXAで120度の真空チャンバーの中に、24時間接着剤をおくというテストをして頂いたんですけど、うちのラボ(実験室)でやったテスト結果とまったくマッチしなくて。結局、毎回ぶっつけ本番みたいなことをやってましたね。

yamazaki確かに安定したデータをとるのが難しい。お伺いしたかったことがあって。スペースシャトルとか有人宇宙船は人がいるので、船内で使う部品のアウトガスはけっこう厳しい基準になっています。月面の場合は月を汚してはいけないという意味で、アポロ時代も厳しかったと聞いていますが、どうでしたか?

3月面を走るローバー(月面車)。NASAアポロ計画で(提供:NASA)

 

okabe今回の主な目的は、月面を汚さないというよりは、月レース上必要な機器に影響を与えないことでした。カメラのレンズをくもらせないとか、センサー類を汚さないとか。我々は建築用の接着剤も扱っているので、シックハウス対策に要求されるような特定物質の放散を減らす知見はもっていたんですけど、それより数段レベルで厳しいスペックでしたね。

yamazaki真空だとガスが出やすくなっちゃいますしね。試行錯誤でしたか?

okabeそうですね。これもダメあれもダメという感じで。

hayashi3どうやって乗り越えたんですか?

okabe基本は減らしていく。弾性接着剤には20~25の成分が混ざっていますが、その中からガスを出しそうなものをばっさばさと切っていく(笑)。

yamazakiでも接着性能は保たないといけないわけですよね。

okabeはい。そのバランスが難しい。自分が入社する前からこの弾性接着剤はありましたが、その技術的思想からちゃんとわかっているのか、テストを受けているような。温故知新ってこういうことかなと思いました。

hayashi3開発期間はこの仕事だけをやっていたのですか?

okabeほかの仕事をしながら。自分ともう一人の二人で1年ぐらい。夜遅くまでやりましたね。歴史の一部をお手伝いできるという気持ちだったので、苦にならなかった。

hayashi3ではテストをクリアして、宇宙用の接着剤ができたときは?

okabe「やった!」と静かに喜んでいました。でも一日だけ。次の日は別のタスクに追われていました(笑)

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yamazaki資料にさらっと書かれていますが、SORATOに使われたセメダインさんの接着剤は、ボルトやナットを減らす役割もあるんですね。

okabeHAKUTOの皆さんは軽量化のために、ねじの中に穴をあけたり色々苦労されたようですが、接着剤が軽量化に貢献した部分もあったようです。

yamazaki実績ができれば、人工衛星などに使えそうですね!

 

宇宙の匂いはどんな匂い?

okabe「宇宙に匂いがある」という噂を聞いて、気になっているんですけど。

yamazakiISS(国際宇宙ステーション)は20年ぐらい人が住んでいるので、食べ物や身体の匂いなどいろんな匂いがこもるのはしょうがないんですね。実は宇宙空間も匂いがあります。船外活動した宇宙飛行士が宇宙船の中に戻ってきたとき船長が呼んでくれて。これが「Smell of Space(宇宙の匂い)だよ」と嗅がせてもらいました。宇宙服から匂いがただよってくるんです。

船外活動を行う宇宙飛行士。宇宙船内に戻ると宇宙服に「宇宙の匂い」が。(提供:NASA)

 

okabeどんな匂いですか?

yamazakiひんやりした金属の感触とともに、ちょっと甘酸っぱいラズベリー的な匂い、それから焦げたような匂いとか。銀河系の中にギ酸エチルという有機物があって、ラズベリーみたいな甘酸っぱい匂いがするようです。またISSが飛ぶ高度400㎞あたりは原子状酸素とか粒子があって、それらが焦げた匂いになる。色々な粒子が付着することでミックスした匂いが出てくるのではないかと思います。

okabeギ酸エチルは我々のような化学の仕事をしている人間は馴染みがあります。確かに柑橘類の香りというか‥。なるほど!

yamazakiパイナップルの匂いという人もいます。

okabe宇宙に行かれて自分の中で変化を感じたこと、使命感を感じたことはありますか?

yamazaki宇宙産業はすそ野が広いということを目の当たりにしました。たとえば国際宇宙ステーション(ISS)の日本実験棟は国内企業650社ぐらいが作り上げてきた。すごくたくさんの人の技術の結晶だなということを感じました。

山崎さんが宇宙飛行中は国際宇宙ステーションに野口聡一さんが滞在中。初めて日本人が宇宙に二人滞在した(提供:NASA)

 

yamazakiそしてもっとたくさんの人が宇宙にアクセスできるようになって欲しいということを、より強く思うようになりましたね。私はSFで育った世代ですから 大人になったらみんな宇宙に行くものだと勝手に思っていましたが、まだまだ宇宙に行くのは大変なことだと実感せざるをえなかった。今は宇宙が身近になっていく過渡期です。宇宙の草の根的な教育活動と、宇宙政策委員会で政策面との両方から携わっています。

okabe宇宙飛行中、こういうものがあったら便利だと感じたことはありましたか?

yamazaki宇宙船内の補修作業とかで、やはり接着剤が使えたら便利ですね。剥がれたものをつけるとか。

hayashi3そういうニーズもけっこうあるんですか?

yamazaki我々はよくグレイテープ使っています。配線が邪魔な時や、なにかをちょっと止めておきたいときは、ウェストポーチにテープを入れておいて取り出して使う。無重力なので大きなカメラでも、小さいマジックテープさえあれば粘着力はそんなに必要ないんです。

国際宇宙ステーションの日本実験棟「きぼう」の様子。機器やケーブル類が漂いやすいのでテープが活躍(提供:NASA)

 

okabeいいことを聞いた・・(笑)

yamazakiはったのが剥がせたりできると便利ですね。グレイテープだと場所をとるし、剥がしたあとが残りますから。

okabe重さがないから、基本的に接着力や強度より、使いやすさとかガスを出さないことが大事なわけですね。宇宙であろうとどこだろうと最終的には人が使うものなので、人によりそう製品設計になっていくんだなと思います。使いやすくて安全な。

yamazakiそれからISSでロシア人宇宙飛行士は修理にはんだを使うこともあって。どうしてもはんだづけは高温になるので、導電性接着剤で代替できれば効率よくできそうですね。

hayashi3宇宙で接着剤を使うことはあまりないんですか?

yamazaki接着剤は使っていないですね。ガスが出るという勝手なイメージがあって。それをクリアできるものがあれば、きっと変わってくると思います。

okabeほかに民間企業が宇宙でこんなことができそう、という思いはありますか?

yamazaki宇宙と一口に言ってもロケット、人工衛星、ISSから月面探査まで幅広いです。たとえば有人基地内なら打ち上げ時の衝撃を乗り越えさえすれば、温度環境はマイルドだし比較的静かな世界だから、もっと地上の技術がいかせるはずです。特に衣食住が全部関わってくるので、たくさんの技術がこれから関わってくるだろうと思います。

宇宙での手巻き寿司パーティ(提供:NASA)

 

yamazakiロケットや人工衛星にしても、今まではJAXAが宇宙用に認定した部品を使っています。防衛装備と同じで、基準を満たしたものを枯渇しないようにコストを払いながらラインを維持するので高くなる。例えば過酷な試験をたくさん行っている車の部品など、地上にある部品が使えたらもっと低価格で使えるはず。宇宙産業として成り立つために地上の技術をとりいれていかないといけないと。産業戦略としてどんどん整備していこうという動きが今、内閣府や経済産業省などで出てきています。

okabeミーハーな質問ですが、見てはいけないものを見てしまったことはありますか?

(後半に続く)


山崎直子(やまざきなおこ)
1970年千葉県松戸市生まれ。1996年東京大学大学院宇宙工学専攻修正過程を終了後、NASDA(現JAXA)に入社。2001年、宇宙飛行士に認定される。2010年4月、スペースシャトル・ディスカバリー号による15日間の宇宙飛行に参加。2011年8月にJAXA退職後は内閣府宇宙政策委員や女子美術大学客員教授などを務める。著書に「夢をつなぐ」(角川書店)など多数。


岡部祐輔(おかべゆうすけ)
1981年生まれ。大学では有機化学を専攻し超分子を研究。2007年セメダインに入社。主力商品である弾性接着剤「スーパーX」全般の担当技術者。HAKUTOプロジェクトにセメダイン担当技術者として参加。近年は、常温で硬化が可能な導電性接着剤を開発。接着剤そのもので回路形成と部品実装ができ、電気を通しながらくっつけるニーズに対応できる接着剤として注目を集めている。http://cemed.in/sxeca/


林公代(はやしきみよ)
ライター。 神戸大学文学部卒業。(財)日本宇宙少年団情報誌編集長を経てフリーランスに。宇宙・天文分野中心に執筆。世界のロケット発射、天文台など取材歴20年以上。著書「宇宙遺産138億年の超絶景!!」「宇宙においでよ!」(野口聡一宇宙飛行士と共著)等。https://gravity-zero.jimdo.com/